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2010年春学期日方派遣专家
作者:佚名  来源:本站整理  发布时间:2010-6-25 9:24:52

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別所興一

 

 

日本文化コース

  私は19396月に愛知県田原市に生まれ、名古屋大学文学部史学科(国史学専攻)を卒業後、愛知県立高校に社会科・地歴科教師として勤務しながら、主に江戸後期~明治前期の思想史・教育史の研究に取り組んできました。その定年退職後、愛知大学の非常勤講師を経て経営学部教授に就任し、本年3月まで主に日本史と社会科教育法の講座を担当してきました。趣味は演劇・映画などです。

  30歳過ぎからライフワークとして研究に取り組んできたのは、江戸後期の著名な文人画家で三河田原藩の家老としても知られる渡辺崋山の生涯と思想です。崋山は政治と芸術の両極を揺れ動きながら、郷国と世界をリアルに観察し、近代的な感覚と道理にかなった言説・画作を展開しようとした人です。他方で崋山は、海防策と藩政改革を準備する立場から、西欧諸国の政治制度や対外政策を研究し、その科学技術の進歩の要因である人材育成に重点を置いた政治制度や「窮理」の精神、「万事議論」の慣行などに注目する必要を力説しました。その反面、西欧諸国の植民地政策については、「権略の政」という言葉を使って警戒策を講じています。同時代の佐藤信淵らが、日本も西欧諸国にならって「権略の政」をもち、朝鮮や中国への武力侵略に乗り出すべしと訴えていたのに対して、崋山は「権略の政」には決して同調せず、世界人類の共生の思想を抱いていたことが窺われます。こうした崋山の先駆的な開明思想については、いくつかの研究論文や自著『江戸期の開明思想』『渡辺崋山集全7巻』『渡辺崋山 郷国と世界へのまなざし』などで考察してきました。

  また、15年前から『愛知県史』の調査執筆委員としての活動と平行して、東アジア実学研究会(2年に1回、3国回り持ち)に参加して中国や韓国の研究者と共に、“現代化”の波にのみこまれて見失われかけている“実心実学の思想”の掘り起こしと普及に努めています。そこでの研究発表で取り上げた思想家は、崋山の他に山片蟠桃・只野真葛・高野長英・島津斉彬・橋本左内・勝海舟などです。また、歴史教育の分野では、佐久間象山・福沢諭吉・吉野作造・石橋湛山の対中国認識を考察した論文を書いたことがあります。

 

 

豊島正之

 

 

文学コース

関心のある分野:「宣教に伴う言語学」(Missionary Linguistics

宣教に伴う言語学は、大航海時代のキリスト教宣教に伴って1617世紀に作成された布教対象語の研究書(辞書・文法書)及び宗教書(教義書・修徳書等)を、ラテン文法は、全く系統の異なるアジア・アフリカ・南米の諸言語との最初の言語学的邂逅の記録として、「宣教に伴う言語学」という言語学史の新領域の研究対象を形成しています。「宣教に伴う言語学」は、21世紀に入ってからの研究の進展がめざましい若い研究分野です。

大航海時代の「宣教に伴う言語学」に関連する資料・史料は、歴史的な経緯から世界各地に散在しており、研究者も、南米、アフリカ、インド、フィリピン、中国、日本と分散している。又、「宣教に伴う言語学」研究には、当時のラテン・スペイン・ポルトガル語以外に、各布教対象語の十分な知識が必要であり、これらの条件から、必然的に、国際的な共同研究が要請されます。

行ってきた研究活動:

1.「宣教に伴う言語学」の国際的共同研究

    http://joao-roiz.jp/IRMLG

2.一般言語学・日本語学に就ての各種データベースの構築

    http://joao-roiz.jp/LGR/

   http://joao-roiz.jp/index-db/

3.言語学的データの文字・データ表現に関する理論研究、及びそれに基づく工業規格(JIS)策定などの委員としての社会研究

1993年~1997年 日本規格協会 電子文書処理システム標準化研究調査委員会委員(日本工業規格 JIS X4061「日本語文字列照合順番」規格原案策定)

1994年~2000年 日本規格協会 符号化文字集合調査研究委員会(JCS WG2)幹事

 (日本工業規格 JIS X0208「情報交換用漢字符号」改訂原案策定)

1997年~2000年 情報処理学会符号化文字集合特設委員会(SC2)委員

 

 

広井良典

 

 

社会コース

私は広井良典と申します。1961年に岡山県に生まれました。現在、千葉大学の法経学部の教授をしており、専門分野は社会保障(福祉)、環境、都市等を中心とする公共政策です。大学を卒業後、日本の厚生省に10年間勤務し、それから千葉大学に移りました。日本社会は現在、高度経済成長の時代をへて、経済の低成長・成熟化や少子・高齢化、人口減少という状況を迎えていますが、真の「豊かさ」とは何か、人々の幸福はどのようにしたら実現できるかといったテーマに関心があります。また、これまで中国には10回以上来ましたが、中国と日本の文化は対照的な面があると同時に、それぞれが互いから学べる点が多くあると感じています。これまでの中国訪問はいずれも数日間の短いものでしたので、今回1ヶ月滞在できることを嬉しく思っています。趣味は音楽、読書や自然の中で過ごすことです。皆さんどうぞよろしくお願いします。

 

 

佐々木泰子

 

 

日本語教育コース

 出身は山口県山口市で、出身大学はお茶の水女子大学です。大学進学のため東京に引っ越すまでの18年間を山口で過ごしました。山口は、西の京、あるいは小京都とも呼ばれ、お寺が多く山に囲まれた静かな田舎町です。中国のどの町と似ているのか滞在している間に考えてみたいと思っています。山口は、古くは長州と呼ばれ、明治維新の立役者でもある吉田松陰、高杉晋作、木戸孝允など多くの志士が生まれた土地でもあります。学生時代の海外滞在を除けばすっと東京暮らしですが、静かな田舎町のたたずまいと進取の気性が私のルーツかも知れません。

 専門は文章・談話分析で、最近は談話分析研究の日本語教育への応用について研究しています。自然会話を収集し、そこに見られるルールを見つけ出そうとしています。言語を使って私たちが何をしているのかにも関心を持っています。私のゼミの学生の研究テーマは、話題転換ストラテジー、褒めの中日対照研究、コミュニケーションストラテジー、あいづち、断り、勧誘などです。中国からの留学生も多くいて、日中対照研究をしています。

 大学では研究や院生指導とともに留学生に対する日本語教育、さらには大学の国際交流についてその仕組みや方法について考える仕事をしています。日本語教育では自分が教えることよりも留学生から学ぶことの方が多いのではないかと、最近思うようになりました。講義では、そのような日常の実践で発見したことをお話ししたり、皆さんと一緒にデータを収集したり、そのデータについて議論したりする予定です。それらを通して、談話分析、あるいは日本語、中国語、そして日本語教育に皆さんが関心を深めてくださるよう講義をデザインしていきたいと思っています。

 短い期間ではありますが、どうぞよろしくお願いします。

 

 

加藤弘之

 

 

経済コース

 日本経済特殊講義を担当する加藤弘之です。日本では、神戸大学大学院経済学研究科に所属し、専門は中国経済論、比較経済システム論です。近著『進化する中国の資本主義』(岩波書店、2009年、久保亨と共著)では、中国100年の工業化の歴史のなかで中国の経済発展の軌跡を振り返りました。

 今回、1ヶ月足らずの短い滞在ですが、北京滞在をたいへん楽しみにしています。というのは、北京が私にとって第二の故郷だからです。1981年秋、政府交換留学生(高級進修生)として北京大学に留学してから、四半世紀が過ぎました。いまの北京からは到底想像できないことですが、王府井で人民服を購入したり、永久牌の自転車で天安門まで出かけたり、イタリア人の女子学生を誘って民族飯店のナイトクラブに踊りにでかけたりしたことを、昨日のことのように思い出しています。

 北京外国語大学日本学研究センターも、私にとっては愛着の深い第二の母校のような存在です。二回目の長期滞在となった2005年春からの一年間、日本大使館に勤務したとき、大使館の経済部の仲間と一緒に「日本経済論」の特別講義をセンターで行いました。幸い大変好評な授業となり、講義の内容を中心として丁紅衛先生といっしょに『日本経済新論――日中比較の視点』(中国市場出版社)にまとめました(ちなみに、本書は今回の講義テキストの一冊として使います)。

 私は日本経済の専門家ではありませんが、自分の研究対象である中国経済を分析するにあたり、常に日本との比較を念頭においています。日本が1960年代に実現した高度成長と改革開放の30年間中国が実現した高度成長とは、同じものなのか、それとも異なるものなのか。中国が持続的な経済成長を実現するために、日本からどのような経験や教訓を学ぶべきかを講義を通じて皆さんといっしょに考えたいと思います。

 

 

金田一秀穂

 

 

日本語学コース

日本語学コース:金田一秀穂

私が始めて中国に来たのは1980年でした。1983年に、私の日本語教師としての初めてのキャリアは、大連外語学院日語培訓部での仕事でした。中国の教室に立つのは27年ぶりのことです。とても楽しみにしています。

 

 

延広真治

 

 

中日比較研究

一九九三年の八月から十一月にかけて出講致しまして以来です。オリンピック以後の北京の変貌ぶりを体感できますのが楽しみです。

 一九三九年九月二十六日、四国の徳島で生まれました。徳島は人形浄瑠璃の伝統があり、お盆には阿波踊りで街が湧き立ちますので、自然に芸能に関心を持つようになりました。高校まで徳島で過ごし、予備校から東京です。昭和三十四年東京大学に入学。落語研究会と合気道部に所属しました。文武両道と言えば聞こえは良いのですが、結局は「二兎を追う者は一兎をも得ず」の通りで物に成りませんでした。学園祭で落語を演じましたが、いかにも下手で、落語家になるのは断念し、研究しようと思い立ちました。合気道も駄目で(亀井先輩から稽古をつけて貰いましたが、教え方が下手でしたから。その先輩も今は金融・郵政改革担当大臣、幸いに小生のことはスッカリ忘却されています)二級でした。ところが東京大学教養学部に勤めるようになりましたら、駒場キャンパスの部長を命ぜられましたため、二段の免状を頂きましたが、恥ずかしいので、直ぐ筒の中にしまいこみました。

もちろん、落語や講談、歌舞伎や人形浄瑠璃を見たり聞いたりしますのは大好きです。この度の出講の機会を活用して、評書、評弾を聴き、京劇を観たいと思っています。残念ですのは未だに人形劇を見たことがないことです(上演の情報がありましたら、お聞かせ下さい)。

 映画は食事しながらなものですから、注意が散漫になり、見終わると直ぐに忘れてしまいます。三月三十一日に定年を迎えますので、これからは映画館に行けるかと楽しみにしています。「男はつらいよ」は全作、最低、四、五回は見ています(多いのは十回近いでしょう)。集中講義のために久しぶりに見直しましたが、やっぱり面白いですね。ただ初めて見た時に爆笑した場面には、余り笑わず、見逃していたようなところで笑うことが多く、しみじみと感じて涙が出たりするのは発見でした。

 

 

田中公明

 

 

中日比較研究

1955(昭和30)年、福岡県生まれ。1979年東京大学文学部卒(印度哲学専攻)、1984年同大学大学院博士課程満期退学。2008年文学博士(東京大学大学院)。東京大学文学部助手(文化交流)を経て、1988()東方研究会研究員。ハンビッツ文化財団(ソウル)学術顧問、富山県南砺市利賀村「瞑想の郷」主任学芸員、岐阜女子大学南アジア研究センター客員教授(2009)。東京大学(1992,19941996,20012004)、拓殖大学(1994,1998)、三重大学(1995)、慶應義塾大学(20012010)講師、北京日本学研究センター短期派遣教授(2003)を歴任。ネパール留学(198889)、英国オックスフォード大学留学(1993)ほか、10数次にわたってインドチベットネパールを調査。『曼荼羅イコノロジー』(平河出版社) 、『詳解 河口慧海コレクション-チベットネパール仏教美
術-』(佼成出版社) 、『チベット密教』『性と死の密教』『活仏たちのチベット-ダライラマとカルマパ-』『両界曼荼羅の誕生』『インドにおける曼荼羅の成立と発展』(ともに春秋社)、『超密教 時輪タントラ』(東方出版)、『インドチベット曼荼羅の研究』『敦煌 密教と美術』(ともに法藏館)、『タンカの世界-チベット仏教美術入門-』『曼荼羅グラフィクス』(ともに山川出版社)、『チベットの仏たち』(方丈堂出版)、『チベット仏教絵画集成』第1巻~第5巻(臨川書店)ほか著作論文多数。


詳しくは個人HP http://www.geocities.jp/dkyil_hkhor/を参照

             

 

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